【CEOブログ】Fusion Strategy──テクノロジーと人材で掴む日本の再起

Vijay Govindarajan教授をご存知であろうか。

ダートマス大学タック経営大学院教授
• 『リバースイノベーション』という概念の生みの親
• “Thinkers50”(グローバルな「マネジメント思想家」のランキング)で殿堂入り
• 最新の著作は『フュージョンストラテジー

私自身がタック経営大学院の卒業生ということもあり、先日、Govindarajan教授と会話をさせていただく機会に恵まれた。以下はその備忘メモである。

1.日本企業が直面する「三重苦」と構造的限界

日本経済はいま、三重の困難に直面している。

【その1】各時代で乗り遅れたテクノロジーの波

いずれの時代においても、「ハード中心」「内製志向」という従来型の日本の強みが、むしろ変化の足かせとなっていった。

【その2】人口減少による国内市場の縮小

【その3】高齢化社会と組織の硬直化

日本企業はかつては製造業を中心に、「日本製=高品質」という強みを有していた。但し、アジア諸国の製造品質が向上する中、「過剰品質=コスト高」に陥り、次第にグローバルでの価格競争力を失っていった。

この状況下で、これから日本企業には、自らが価値の設計主体として動くグローバル経営への移行が求められていく。では、それが具体的にはどのようなことを指すのかを次では見ていきたい。

2.「現場の知見」と「先端テクノロジー」の融合──いま、日本に訪れた逆転の好機

ここまでの議論は、やや悲観的に映ったかもしれないが、日本企業にとって今は最大のチャンスとする捉え方もできる。その理由は、テクノロジー活用の「進化のフェーズ」が変わったことにある。

これまで40年の間に、テクノロジー活用は以下の3つの段階をたどってきた:

この3.0の時代こそ、日本企業が本来強みを発揮できるステージである。

3.0では「現場の知見」と「先端テクノロジー」が融合して初めて成果が出る。日本企業は、製造・物流・品質管理などにおいて、現場に根ざした知識と経験を何十年も蓄積してきた。日本が持つ「現場の知見」は、世界でも稀有な資産である。

更に解像度を高めてみよう。3.0時代を捉えるには、AIについても整理が必要となってくる:

このIndustrial AIこそがテクノロジー活用3.0時代の象徴であり、日本企業が勝機を見出すべき分野である。例えば、インターネット上でSNSの観察を続けていれば、流行やトレンドといったConsumer情報を獲得することができるかもしれない。ただ「特殊な装置の機械音」といったIndustrial情報は、インターネット上で見つけることができない。

つまりConsumer AIとIndustrial AIでは、設計に際して必要となる情報自体が異なり、Industrial AIに必要な情報は、「製造の現場」を持っている者にしかリーチができない。3.0時代は「現場の知見」と「先端テクノロジー」の融合(=Fusion Strategy)であるからこそ、「現場」を持っている日本が強みを発揮することができるという論理なのである。

最後に、この「現場の知見」と「先端テクノロジー」を統合し、Fusion Strategyを実際に設計し、動かせる人材の条件について考えてみたい。

3.グローバル人材がFusion Strategyを実現する

「現場の知見」と「先端テクノロジー」の融合によって勝機が見えてきたとしても、それを実現できる人材がいなければ始まらない。ここで問われるのは、単なる語学力や技術スキルではなく、「異なる現場や文化、価値観を架橋する力」そのものである。

日本企業はこれまでも多くの海外展開に取り組んできた。しかし意思決定が日本本社に集中し、現地法人は実行部隊にとどまりがちだった。そこには、「現地の顧客と対話し、共に構想し、共に創る」グローバルマインドが欠けていた。

Govindarajan教授は、その根源に「人脈の質」も影響していると語っている。たとえばアメリカのMBAでは、異なる国・業界・価値観をもつ人々と濃密な議論を日常的に行う。こうした経験は、単なる知識を超えて「世界の見え方」そのものを変えていく。

こうした環境で育まれるのが、Fusion Strategyを実行できる人材──すなわち、製造現場とテクノロジー、経営と現場、日米の価値観、そうした異質なもの同士を翻訳し、統合し、前に進められる人である。これは単なる「越境経験」ではなく、多様な現場を橋渡しできる、構想と対話の力といえる。

このように、世界とつながる「環境」に身を置くことでしか得られない視座がある。この視座をもとに、現場と技術をつなぐ問いを立て続ける力こそが、Fusion Strategy時代の真の競争力となる。

4.まとめ

いま、世界の最前線では、「現場の知見」と「先端テクノロジー」を結びつける力が問われている。これは日本企業が長年培ってきた現場力に、新たな意味が与えられる時代の到来を意味する。グローバルな対話力を備えた人材がその橋渡しを担うことで、日本にとっても新たな可能性が開かれていくことになる。