【CEOブログ】Builder.aiの破産を考える〜我々はどこまでAIを理解しているのか〜
英国企業のBuilder.aiが破産手続きに入った。Builder.aiは英国登記であるが、この会社の創業者Sachin Dev Duggal(2025年2月時点で解任)はインド系イギリス人であり、同社が持っている各種関係性を含めインド色の強い企業である。私も2023年9月、インドのバンガロールにいるときに、初めてこの会社の存在を知った。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-27/SWVQPYT0AFB400
https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-06-05/builder-ai-files-for-bankruptcy-after-creditors-seize-accounts
1.Builder.aiとは
Builder.aiはプラットフォーム(含むアプリ版)制作を支援してくれる会社である。我々が自社サービスのためのプラットフォーム(特にSaaS用?)を作りたいとき、プラットフォーム上で必要となる「機能」には、以下のようものがある。
・ユーザー登録
・ログイン
・タイムライン閲覧(いいね!やコメント記入)
・支払い(クレジットカード登録、その他)
・Q&A
・その他
このとき、我々が作るサービスの差別化要素は「どういう情報を提供するのか」「どういう商品を扱うのか」「どういうオペレーションを実施するのか」などの本質にあり、「ログイン機能がある」「支払画面がある」といったプラットフォームの個別機能ではない。そこに目を付けたのがBuilder.aiである。Builder.aiでは予め各機能をテンプレートとして用意してあり、それらを組み合わせることで、いとも簡単にプラットフォームを作れてしまう。
マイクロソフトやカタール政府が数億ドルとも言われる出資をしていることで、同社は大変に注目を集める存在であった。そんな同社が破産手続きに入ったとのニュースが入ってきた。インターネット上の報道以上の詳しい情報は私も知らないことを事前に断った上で、Builder.aiは以下2つの問題を抱えていたとされる。
【1】売上の水増し
【2】「AI開発」と謳っているサービスの裏では実はインドに配置された700人のエンジニアが人力で稼働
このうち、【1】については、もし事実だとするならば問題行為である。一方で、【2】については様々な捉え方があるように思う。
2.AIはout-of-the-boxではない
ChatGPTは限りなくout-of-the-box(すぐに使える)が、AIサービスの多くはout-of-the-boxではない。つまり、そのサービスが実際に使える状態になるまでに、導入期間・導入コストを費やしていく必要がある。会社の基幹システムをイメージしてもらうと分かりやすいが、契約と同時に利用できる訳ではなく、エンジニアが稼働し、構築作業が発生し、実装段階へと至る。AI利用も、基盤となるシステムをいじっていく作業が発生するので、同じことである。
企業において、AIサービスを導入するのに要する期間は「会社の規模」「どこまでの作業をAIに任せたいのか」「稼働できるエンジニアの質と量」によって左右される。大企業で全社的に社内業務にAIを活用したい場合、移行作業は段階的に行われることもあり、完全実装までには2-3年を要するかもしれない。人の稼働を減らして「残業を減らす」目的でAI導入を進め、その構築作業が大変すぎて、結果として情報システム部のメンバーの「残業が大幅に増える」といった話はよく耳にする。
「仕事を100%やってくれるAI」などは存在せず、AIが稼働している、またはAIを稼働させようとしているとき、必ずやその裏では多くのエンジニアが手を動かしていることになる。大事なのは、AIが何かをしてくれる「By AI」の世界観を望むのではなく、AIと共に歩む「With AI」が我々に与えられた選択肢であると理解することである。
その目線で先ほどの【2】の話を見ると、何が見えるであろうか。「AIと謳っておきながら実は裏で人間が稼働していたなんて信じられない!」と思うか。それとも「AI稼働は、当たり前の話として裏でエンジニアが手を動かしている。但しそのバランスに問題があったのかもしれない」と捉えるか。
3.我々人間がAIリテラシーを高める期間(2025 ⇨ 2030)
AIに仕事を任せる際、人間とAIの稼働バランスを見誤らないためには、2つのことを意識する必要がある。1つ目は、対象となる仕事のうち、最終的にAIと人間が担うことになるのは具体的にどの作業か。AIがやってくれることは何か。AIにできないことは何か。人間が関わり続ける部分はどこか。2つ目は、「理想とするAI稼働状態」に持っていくためには、具体的に、何をしなければならないのか。AIの導入段階では人の稼働は発生するし、導入後も人の稼働は発生する。どこまで人が稼働するのかを想定できていない場合、それはAIの力量を見誤っているとも言える。
先進的な企業は、数年前から全社的なAI導入を進め、数年間に及ぶ作業が終わりを迎え、今ぐらいのタイミングで「全社的にAIを使っている」と言える状態にたどり着いているかもしれない。一方で、これまでAI関連アクションは取れておらず、これから本格的に導入を進める企業も出てくるであろう。その際は、企業側のAIリテラシーが不十分であったり、または課題意識を強く持てていなかったりすると、AI実装に要する期間が長期化してします。そういった過程で、諦めてしまう企業も出てくるかもしれない(ただ諦めた企業はAI利用の波には逆らえず、また数年後には戻ってくるであろう)。
企業におけるAI導入・AI利用が、中小企業も含め、ある程度は進んだと言える状態になるまでに、まだ5年ほどはかかるのではないだろうか。新規設立された企業が、「最初からAIを利用」して事業を進める場合はそこまでの困難を伴わない。但し、これまで長年事業を継続してきた会社が、「AI利用に切り替える」場合、システム構築期間が生じるため、数年を見ておくことになる。
2025年から2030年までの5年間は、我々がもっと「AIには具体的に何ができるのか」「AIを具体的にどう活用できるのか」に関する理解を深める期間であるようにも思う。理解がしっかりと持てれば、「AI開発と謳っている裏で実は人が稼働していた」という話を聞いても、幻滅することはないかもしれない。今回のBuilder.aiの破産申請は、2025年時点での我々のAIリテラシーを突いた問題提起のようにも思えてくる。