【CEOブログ】インド・テランガナ州に学ぶ「エコシステムの本質」とは?
1.エコシステムとは?
「エコシステム」という言葉は、ビジネスシーンで耳にしたり、我々自身で使ったりすることがある。教科書的な説明を記載すると、以下のようになる。
<エコシステム> 特定の地域や業界において、様々な企業、大学、研究機関、投資家、政府機関などが協力し合い、イノベーションや経済成長を促進するために構築する環境やネットワーク。これにより、各プレイヤーが相互にシナジーを発揮し、持続的な発展を目指す。
2.エコシステムを見ていく上での論点
下の表に世界の代表的なエコシステムを載せている。ここでは、エコシステムを見ていく上での論点について少し考えていきたい。
各国にエコシステムは存在していて、それらが対象としている業種も様々である。
政府が積極的に関わるものもあれば、政府の関与度が低いものもある。そして「政府の関与度」は、多くの場合、エコシステム内の「シナジー発揮の強制度」に影響を与える。エコシステム内には、関連するプレイヤーが多数共存しているので、大前提として「シナジーが発揮しやすい環境」がある。但し、実際にエコシステムの参加者がシナジーを享受できるのか否かは、各々の行動力や動き方に左右される。その上で、政府が上手に「シナジー発揮の仕組み化」を図っていることがある。人が集まるような場所をたくさん設けて、多少強引に交流を促したり、エコシステム内で連携をした方が特定のサービスを安価で受けることができたり。従って、「政府の関与度」=「シナジー発揮の強制度」と言えるのである。
またエコシステム内にいるプレイヤーたちに対して何を望むのかで言うと、大きくは二軸あり、「事業拡大」と「独立支援」である。「事業拡大」は、既に独り立ちできている企業が、エコシステム内でシナジーの恩恵に預かりながら、ビジネス拡張を図るものである。「独立支援」は、「事業拡大」を狙う以前の段階にある創業間もないベンチャー企業を、まずは企業として独り立ちできるよう、エコシステム全体で後押ししていこうとするものである。
そしてエコシステムを捉える上で最後に考えなければならないのは出口戦略であり、これにも「グローバル展開」と「地域発展」の二軸がある。「グローバル展開」では、エコシステムをひとつの足掛かりに、事業を広げるべく努めていく。つまり、最終的には「エコシステムから出る」ことを目指すものである。一方で「地域発展」では、各プレイヤーは「エコシステム内に残る」形で、エコシステム全体の競争力を高めながら、持続的な発展を目指していくことになる。
3.インド・テランガナ州での学び
先週私は、インドのハイデラバード(テランガナ州)に出張していた。テランガナ州は、州として様々な事業領域をきめ細かく後押ししているが、その中でも同地の代表的なエコシステムである”T-Hub”及び”Genome Valley”を視察した。T-Hubはテクノロジー全般を対象に、イノベーション促進やスタートアップ支援に努めている。Genome Valleyは、製薬におけるR&Dに特化する形で、工業団地を設けている。
この視察を通じて、特に印象の残ったのは以下の4点である。
① 明確な領域
② シナジー発揮の強制力
③ 徹底された独立支援
④ 明確な出口戦略
<① 明確な領域>
上の表は、テランガナ州政府主導の各種取り組みを示している。これを見て分かる通り、T-Hubは何となくイノベーションを追求する場では決してなく、Genome Valleyも何となくヘルスケアに取り組む場所では断じてない。イノベーションの中でも具体的にどの部分を担うのか、ライフサイエンスと言っても具体的な期待として何があるのか、テランガナ州のエコシステムは対象領域をかなり明確に定め、意図をもって臨んでいることが分かる。
<② シナジー発揮の強制力>
T-HubもGenome Valleyも政府の関与が一定程度あるため、「シナジー発揮の強制度」が強い。私も今回、エコシステム内で各プレイヤー同士が関係を持つことが仕組み化されている様子を目の当たりにし、衝撃を覚えた。これまで私が見てきたエコシステムは、「何となくシナジーが発揮されることを期待する」ものがほとんどであったからである。これに対してテランガナ州では、「シナジーを発揮せざるを得ない状況」が作られていた。
<③ 徹底された独立支援>
【高額機器】T-Hubに対するT-Works、或いはGenome ValleyにおけるBiotechnology Incubation Centreといった形で、設備投資をするほどの余裕がない創業間もないスタートアップを対象に、エコシステム内には様々な高額機器が州政府によって用意されている。スタートアップはこれらの場所で、フィーを払うことで機器を使用することができ、自分たちで高額機器を購入せずに済む。
【土地・建物】Genome Valleyでは、各社が土地を購入して研究施設を建てることもできるが、不動産デベロッパーも多数入り込んでいるので、小さい会社はまずはリースの形で事務所を構えることもできる。リースのメリットは、土地・建物関連の許認可取得、また製薬R&Dの過程で生じる化学合成を行うことに伴う様々な許可取得のプロセスを簡略化できるところにある(デベロッパー側で対応してくれるため)。
これらは全て、「小規模事業者の会社としての立ち上がりを支援する」ところに目的が置かれている。
<④ 明確な出口戦略>
テランガナ州のエコシステムは、何となくシナジー発揮を目指す、何となく事業の盛り上がりを期待する、といった抽象的なものではない。T-Hubでは「企業の規模を大きくしよう、そしてエコシステム内から飛び出そう」といった意志が強く感じられる。一方でGenome Valleyでは「地域に密着することでGenome Valley全体としての競争力を高める」というエネルギーが伝わってくる(※上の表にも記載しているが、Genome Valleyでは”B-Hub”と呼ばれる創業期の企業のアクセラレーションを目的とした工業団地がオープンする)。T-Hub、Genome Valley、いずれの場合も、出口戦略の「明確さ」が浮き彫りになっている。
4.エコシステムの本質
私自身、これまでのキャリアの中で「エコシステム」と称するものに幾度となく触れてきている。ただテランガナ州のエコシステムのように、本質を徹底的に追求した事例を見せられることで、これまで自分が口にしてきた「エコシステム」という言葉が如何に表層的であり、「何となくシナジーを発揮する場がある」程度の意味しか持っていなかったことを改めて認識させられた。「領域をより明確に意識する」「シナジー発揮に対してはより貪欲に」そして「出口戦略についても明確な考えを持つ」、これらをもとに「形式的ではなく本質的でありたい」と我々に思わせてくれる世界観を、テランガナ州のビジネス最前線にいる人たちは持っている。