【CEOブログ】(#Withコロナ)ユヴァル・ノア・ハラリと見る未来
『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 LESSONS』で有名なユヴァル・ノア・ハラリ氏の、新型コロナウィルスに関連した各種コメントが注目をされています。今日は「ユヴァル・ノア・ハラリと見る未来」と題し、氏の考えを紹介していきたいと思います。
1. Under-the-skin surveillance
この関連で最初に大きな注目は集めたのは、今年3月のFinancial Timesへの同氏による寄稿であります。
https://www.ft.com/content/19d90308-6858-11ea-a3c9-1fe6fedcca75
こちらは、世界中で相当数の人に読まれた記事となりました。この中で、氏が強く主張するのは、「Over the skin」から「Under the skin」へと移行する監視型社会についてであります。
我々人間の「行動パターン」は、実は今の時点でほぼ筒抜けです。街の各所に設置されている監視カメラ、クレジットカードの使用履歴、携帯電話の位置情報、インターネット上の閲覧履歴など。これらをトレースすれば、個々人の「行動パターン」を把握することは、現代社会に於いては容易なことであります。これが氏の言うところの「Over the skin」での監視となります。飽く迄もこれは「行動パターン」の域を越えないものであります。
ところが新型コロナウィルスの蔓延に伴い、今後社会の監視は更に一歩踏み込むことになります。個々人の体温、血圧、心拍数を含む健康に関わる情報をモニターし、これによってウィルスの蔓延を防いでいくのです。しかも「心拍数」などは、「感情」と直結する情報でもあります。緊張しているのか否か、好意的な反応を示しているのか否か、といった「感情」までもが監視可能になっていくのです。これが「Under the skin」での監視であります。
人々の「行動パターン」しか把握していなかった社会は、人々の「感情」を一気に理解することになります。一度このような社会が訪れたら、経済やビジネスはもちろんですが、政治のあり方が大きく変わります。そして後戻りはできません。誰が、どこで、いつ、なぜ、特定の政治家に対して好感または嫌悪感を持ったのかが分かってしまうのです。何か物事に対して「どう思いますか?」と質問が投げ掛けられることはもうなくなるかもしれません。なぜなら「好感を示した」「嫌悪感を示した」と、反応はデータを使ってすぐに可視化されるようになるからであります。
2. 「2020年」とは何か?
ユヴァル・ノア・ハラリ氏のFinancial Timesへの寄稿が世界中で話題になったこともあり、Eテレでも緊急のインタビューが組まれました。
https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/episode/te/QNYPWWZ3WQ/
こちらも私は見ましたが、大変興味深い内容でありました。
新型コロナウィルスの影響で、社会の在り方がどんどん変わっていきます。ビジネス、教育、生活、全てに関して言えることであり、そして、分かり易い動きとしては「オンラインへの移行の強化」であります。またこのような社会の変化を受容するためには、新しい運用ルールが次々と制定されていくことになります。そしてこのタイミングで決められたルールは、コロナ収束後の世界(afterコロナ)の新基準となります。即ち、いつになく「今」行う決断が未来を決定付ける重要な判断になるのです。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏ははっきりと番組中のSkypeインタビューの中で、「2021年以降に判断に参加するのは、パーティー終了後に会場に到着するようなもの」と述べており、2020年が意思決定のための限られたオープンウィンドウであることを説明していました。
3. では未来はどうなるのか?
最後に、先月の後半に発表された以下インタビューを紹介いたします。こちらはこれまでの流れをおさらいする意味でも、良い頭の整理となります。
http://www.dw.com/a-53195552
1) 社会の動き
ウィルスそのものは、いずれは科学の力で乗り越えていくことになります。我々が恐れるべきは、ウィルスそのもの以上に、人々が抱える憎しみが表面化し社会に歪みを与えてしまうことです。昨今のニュースを見ても、どこかの国に責任を押し付ける、誰かを批判するといった、ネガティブな感情が横行しています。
「科学」の力を我々は信じて良いのです。信じるべきは「科学」であり、「噂」ではないです。何か情報に触れた際には、我々は必ずその科学的根拠を求める癖を身に付けるべきであり、この習慣はコロナ収束後の世界でも持続されるべきです。もちろん我々は専門家ではないので、完璧なる科学的根拠を捉えることはできないかもしれませんが、「根も葉もない噂」と「専門家の見解」の違いぐらいは識別できるはずです。
社会の監視が強まることは避けられません。その際に、中国が現在進めるように政府が全ての情報を一括管理する「中央集権」的な手法と、我々が持つ各種デバイスを高度化させる(例:ウィルスを持った人の近くを自分が通ると、ウィルスを持った人の携帯から自分の携帯にアラートが自動的に発信され、自分が警戒することができる)「機械主導」の手法、この2つが登場することになります。
2) 生活への変化
Under-the-skin surveillanceにより、社会は劇的に変わります。ビジネス現場では、業界によっては、リモートワークの普及により「組織」の概念自体が崩壊するようなことも起こるでしょう。ただ忘れてはならないのは、社会を作っているのは人間であるということです。つまり、「社会はどうなってしまうのだろうか」ではなく、「どうなるのかは我々次第」であり、もっと言うと「我々がどうしたいと思っているのか」が重要なのです。
今我々は間違いなく歴史の転換点にありますが、やはり「どうなるのか」ではなく、「どうしたいか」で未来は決まります。